連載 No.63 2017年09月17日掲載

 

南の風に運ばれて


この原稿を書いている今、週末にかけて台風18号が故郷に接近するとニュースが伝えている。

被害がないことを祈るばかりだ。



進学のため東京で暮らし始めた40年前は、関東を台風が直撃することはめったになかったように記憶している。

ごくまれに台風が接近すると、高知で経験した規模より小さくても停電や交通機関に影響があり、

台風に慣れている自分に妙に感心したものだ。



ところが近年では関東への上陸や通過がそれほど珍しいことではなくなった。

昨年8月、私の住んでいる南房総に上陸した台風9号は、地元にとって最悪の進路をとった。

海に近い家々は瓦屋根を飛ばされ、私の住むマンションもエレベーターホールの外壁が崩落した。

今年の2月にやっと復旧工事が終了したばかりだ。



数年前のことだが、台風にまつわるこんな出来事があった。

台風が通過した翌日、自宅の前の漁港に見慣れないワゴン車が止まり、

長い柄のついた大きな網を持って堤防の周りをうろうろしている人たちがいた



大きな水槽やバケツのようなものも用意されて、

何かをすくっているように見てるが、小さなものらしく遠くからではわからない。

不思議に思って港に下りてみると、しま模様の見慣れない熱帯魚が泳いでいるのが目についた。

台風で集まったゴミや海草にまみれて外にも稚魚と思われるきれいな魚がいる。

集まった人たちは網でその魚をすくっては水槽に移していた。



彼らはこんなことを言っていた

台風は南から温かい海水を運び、海面のゴミや海草と一緒に熱帯魚の稚魚なども連れてくる。

そして台風が上陸した沿岸に取り残された魚たちを観賞用に捕獲するのだと。



会話中に聞いた「死滅回遊魚」という言葉に、釣り好きの友人の話を思い出した。

温暖な黒潮の流れに乗って流れつく熱帯魚たちは、

伊豆や房総半島などの比較的水温の高い沿岸に住み着くのだが、冬場の低水温でほとんどが死滅してしまう。

まれに恩水域を見つけて生き延びても繁殖できず、そのまま死んでしまうことからそう呼ばれている。



台風に巻き込まれ居心地のよい黒潮に乗り、気がつくと戻ることも繁殖することもできない遠い国の岸辺にいる。

そぐわない環境で光を放つ彼ら。

たとえ命は短くてもひときわ美しい存在だと感じる。

そういえば、私が高知を離れるときに乗った特急列車は「南風」だった。



この作品は、群馬県の小串硫黄山跡に向かう毛無峠周辺。

不安定な気圧が作り出す雲が美しく、夢中になって撮影していたら雷雨に見舞われて岩陰に避難した。

やまない雨の中を夕暮れ前にずぶぬれになって車まで走った。